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GWの大和路〜まださん・浮ドンと!
大和高田から法隆寺へ〜
今回のフルポタは、いつもの旧村・神社廻り。。
渡来人の足跡・伊勢神宮石燈籠・狛犬〜色んな出会いが!

都,宮古(鏡作伊多神社) 22

昨年からの目標はフルサイズ!
フルメンバーは、中々時間が取れなくて・・・
大型連休、皐月晴れの青空の下…久々のまださん・浮ドンと〜
だからいつもの路地探し。。。
相棒自転車は片倉シルク号(昭和41年10月製)
伊勢参りの帰路は、奈良から大坂への山越しを避け
奈良からは、比較的平坦な大和の街道等を使い、
京都伏見を目指し、その後三十石舟(夜舟)で大坂八軒屋を目指した。
(桂米朝師 三十石夢乃通路 枕より)


※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:平成28年05月04日
                                           UP日:平成28年06月07日

条里制を斜めに横切る坂手道
宮古と保津の間の道路・水路を境に
宮古は城下郡、保津は十市郡とか…

※本当に宮古と保津は、
近いのですよ〜

昭和二十八年忠魂碑

※鏡作伊多神社
前に

扁額無しの鳥居

※百度石と境内風景

狛犬


※吽

なにわ型狛犬尻尾

※ 祭神:石凝姥命 境内社:布屋(富屋)神社
宮古・鏡作伊多神社は大字宮古集落の南端、宮古池の西に鎮座し
、神社南側、道路水路を挟んで、約150m南に保津鏡作伊多神社が有る。
宮古と保津の間の道路・水路を境に宮古は城下郡、保津は十市郡で、この道路・水路は
整然とした大和国条理に沿わず、西は大字富本から南南東に太子道・下ツ道を横切り
村屋坐彌富都比売神社の中ッ道まで伸びる仮称坂手道(磯城下横道)で、
太子道・下ツ道の交わる場所では、奈良時代以降の交易の場所である巷(ちまた)又は、
役所に伴う遺構が見つかっている重要な場所に鏡作伊多神社が在る。
(田原本町看板より)

境内摂社



本殿舎

※手水舎

境内摂社

拝殿舎

※拝殿舎から見返って〜

宮古池の太神宮燈籠

※地蔵堂

集落中へ〜

※この地区も
農業以外に商業も発達したんでしょうね。

塀と家屋の鬩ぎ合い

※大きな家屋が〜



石材

※浄蓮寺さん

田原本御郷33ヶ所
第30番

※特定郵便局も有ります。

塀と家屋の鬩ぎ合い

※太子道

ん?石標〜

※都村道路元標

先へ〜

※ランドマーク的なR24BPが
見えてきました。

浮ドン〜
笑みが消えましたぜ!



散髪屋さん

※集落の端…

見返って〜

※魚釣旅館って…
和歌山ですか。。。

R24BP脇を〜

ツバメのランドナー
平成28年4月14日に九州では大震災(震度7)が熊本に…
東日本大震災は6年目に…台風・豪雨水害被害で被災された方々に、
お見舞い申し上げます。阪神大震災も21年…今年こそエエ年に!
マー君、お江戸へ長期貸出中。
えっ?皆様方、体調不良に御仕事にて
お休み〜残念!
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