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令和四年、2022年!一年遅れの東京五輪は昨年度無事?
北京冬季五輪も終了し~ウクライナでのロシア軍の不穏な動き。
新型コロナはオミクロン株で3回接種済み(まだサン)
里では梅の便りがチラホラ~
冬の吉野山は寒すぎて…
自転車は封印~

吉野町喜佐谷(櫻木神社)~14

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
電車移動は少し怖いので~
浮ドン、まだサンと!
4輪で膝栗毛

※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和四年02月23日
                                           UP日:令和四年03月13日

五社・中山トンネル通って~
宮滝へ~

※

宮滝だそうです~
浮ドンはファルトカヌーで下ったとか~
ファルトボート
折りたためるカヌー、カヤック。ほとんどのものは、袋状の布(船体布)に
組み立て式の骨組み(フレーム)を入れるタイプ。
ちなみに「ファルト・ボート」はドイツ語で、
英語では「フォールディング・カヤック/カヌー」という。
(フジタカヌーHPより)


夢のわだ(奈良県吉野町)
吉野 奥千本、青根ヶ峰から流れ出た水は喜佐谷の「象の小川」を経て宮滝にて吉野川に注ぐ。
ここは両岸から岩が切立っており、川は深い淵になっている。
この合流地点はのことを万葉時代には「夢のわだ」といい、
その険しい岩肌が織りなす美しさに万葉歌人たちは憧れた。

我が行きは久にはあらじ夢のわだ瀬にはならずて淵にしありこそ 大伴旅人(万葉集)
(吉野町HPより)


※飛鳥時代の天皇、斉明天皇が吉野にお造りになられた離宮です。
以来、大海人皇子(後に天武天皇)、持統天皇、文武天皇、元正天皇、聖武天皇などの行幸がありました。
特に、大海人皇子が吉野宮に来られた時には、壬申の乱という大きな内乱の起点となり、
古代史上、大きな役割を果たしました。
また、天皇の行幸と共に、万葉集などの歌が詠まれました。
(吉野町HPより)


壬申の乱
前には~
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象山

※

櫻木神社
象の小川の清らかな流れと鮮やかな朱塗りの社殿が印象的で、
大国主命、少彦名命を祭っています。
また、672年の壬申の乱に際し、この地に潜幸した天武天皇も併せ祭っています。
(吉野町HPより)


※此処にも屋形橋

象の小川
上流部

※下流部

横扁額

※

薄い杯状穴の有る手水鉢

※御神木

檜ですかね?

拝殿舎

※歌碑

狛犬
阿

※吽

お清めの塩?
いえいえ~雪ですねん。

※結構降ったんですね。

天武天皇御即位
即位1300年記念
句会絵馬

※年を経ての同句会絵馬

摂社にお参りして~

※稲荷社

色彩が綺麗な本殿舎

※3間社流れ造

見事です。

※


※境内風景


※象の小川(きさのおがわ)
喜佐谷の杉木立のなかを流れる渓流で、やまとの水31選のひとつ。
吉野山の青根ヶ峰や水分神社の山あいに水源をもつ流れがこの川となって、吉野川に注ぎます。
万葉集の歌人、大伴旅人もその清々しさを歌に詠んでいます。
(吉野町HPより)


こぬればし
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