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新緑の奈良が好き!!!雨間近…
2017年GWは連日のまださんとタンデムポタ〜
古墳と環濠と街道〜前の日コースを継承して!
佐吉狛犬・旧村・神社・資料館、色んな出会いが!

雨コース�U・久米(久米寺) 18


前日の天理循環コースは信仰が〜今回も引き続き山裾を!
前日は五月晴れ、本日天気が崩れ出しました〜
6輪ポタ…浮ドンもねずみ君・カモさんも休みやし〜

だからいつもの神社と路地探し。。。
相棒自転車は久々のプー太君+ブロ君!
今年の目標はフルサイズだったのに…

※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:平成29年05月06日
                                           UP日:平成29年07月29日

次に移動して〜
自転車で移動します。
6輪ポタの本領発揮!

※右の道路が気に成ります〜

近鉄南大阪線脇を〜

※踏切渡ります。

久米寺碑

※
久米寺(くめでら)は、奈良県橿原市久米町にある真言宗御室派の寺院。
大和三山の1つ、畝傍山の南方に位置し、橿原神宮からも近い。
開基は聖徳太子の弟・来目皇子(くめのみこ)とも久米仙人とも伝わるが、詳細は不明である。
空海(弘法大師)が真言宗を開く端緒を得た寺として知られる。
娘のふくらはぎに見とれて空から落ちたという久米仙人の伝説が残る。
『和州久米寺流記』には来目皇子の開基を伝える。
一方、『扶桑略記』『七大寺巡礼私記』などは当寺を久米仙人と結び付けている。
久米仙人の伝説(後述)がフィクションであることは言うまでもなく、
創建の正確な事情は不明だが、ヤマト政権で軍事部門を担当していた
部民の久米部の氏寺として創建されたとする説が有力である。
境内には古い塔の礎石があり、境内から出土する瓦の様式から見ても、
創建は奈良時代前期にさかのぼると思われる。
空海はこの寺の塔において真言宗の根本経典の1つである
『大日経』を感得(発見)したとされている。
空海が撰文した「益田池碑銘并序」(ますだいけひめいならびにじょ)には、
「来眼精舎」(くめしょうじゃ)として言及されており、空海とも関係があったと思われる。
(Wikipediaより)


忠魂碑

※陸軍大将筆なら
日露戦争時の物?

友魂碑
太平洋戦争時?

※境内に鳥居
神仏合宗の名残

本堂伽藍

※来目皇子御創立

久米仙人像

※

中風除箸

※多宝塔(重要文化財) - 万治2年(1659年)
京都・仁和寺より移築されたもので、桃山様式を残す。

鐘楼〜

※境内風景

此処にも他所より
大き目な金比羅宮

※

不動尊

※大きな道標
右 おかてら たち花

久米寺山門

※手水は龍ではなく
インドの神様?

本堂

※虫塚なんかも〜


※
平成28年4月14日に九州では大震災(震度7)が熊本に…
平成28年10月21日には鳥取県中部地震(震度6弱)が〜
東日本大震災は6年目に…台風・豪雨水害被害で被災された方々に、
お見舞い申し上げます。阪神大震災も22年…今年こそエエ年に!
マー君、お江戸へ長期貸出中。
えっ?皆様方、体調不良に家事・仕事にて
お休み〜残念!
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