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2018年のお盆は
ポタ空白部の和歌山方面にも行きたいと…
堺や貝塚には行きましたが〜
関空のお膝元の地区から山越えして…今ですよ今!

紀ノ川市名出八幡宮  18

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し〜

動きは6輪ポタ、まだサンとは雨傘片手に浮ドンとは快晴〜
相棒自転車はブロ君とナショナルデモンタ!

※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:平成30年08月19日
                                           UP日:平成31年03月10日

名出の街中から

※少し上って〜

那賀中学校横目に〜

※校歌

境界石のように燈籠が〜

※沢山の玉垣

平成13年修復記念碑

※手水舎

お邪魔して〜

※境内風景

正面から

※大きな拝殿舎

狛犬


※吽

扁額

※拝殿舎内部

弁天池

※檜皮葺の本殿舎
覆い屋付

綺麗な檜皮葺にウットリします。



拝殿舎飾り瓦

※エエなぁと〜

稲荷社

※神仏合宗の名残
鐘楼も有ります。

 釣鐘

※盆踊りの櫓でしょうか?

遥拝所と顕彰碑

※神宮寺が有ったんですね。

金尾翁頌徳碑
宮司さんの氏子さんからの
お礼の印

神宮寺の金剛院さん

※由来記
当名手八幡神社(『紀州名所図絵』には名手大明神社)は紀伊ノ国紀北御開拓の祖神、
丹生津比売大神が御降臨なされた聖地であり古来より産土神として御奉斎されている。
神功皇后(第十四代 仲哀天皇の御后)が三韓征伐(新羅、高麗、百済の三国)の後、
筑紫(現、福岡県)より御旋の途中、畏しこくも此の応神山に御幸啓なされ、
当神社に御奉斎される神々に、筑紫の蚊田(現、福岡県糟屋郡宇見町)で
御授けなられた後の第十五代応神天皇(別名、誉牟田別命)の御生誕を御奉告なされ、
約3ヶ月間当山に御駐輦なされた(当山を応神山と称するのはこの由に依る。
故により、その縁をもって誉牟田別命(第十五代応神天皇)を
当社の主祭神として勧請しお奉斎している。
大鳥居の御額に「八幡神社」と有るが、
この額は慶安元(1648)年子年紀州徳川家初代藩候徳川頼宣侯より奉納されたものである。
当神社は皇族方が熊野詣等御行幸啓の折、
神功皇后がその昔当応神山に御駐輦なされた古事に依り、
御旅所として定められ、第七十七代後白河法皇、第八十二代後鳥羽上皇、
第九十六代後醍醐天皇の御行幸が有り、畏しこくも南北朝時代後醍醐天皇(1316〜1339)が吉野(奈良県)に朝廷を開かれた折、
当社に御行幸啓なされ、その砌り今日に至る迄中止されたことのない秋の例大祭に奉納される稚児の渡御式を起こされた。
今は絶へて久しいが、祭礼6月晦日には能の奉納が有り、役者は和州天の川(現、奈良県吉野郡天川)より来ていた。
又、8月15日には流鏑、馳馬が有り馬数は大抵百騎であったと伝へられている。
明治40年4月神饌幣帛料供進神社に指定される。
(和歌山神社庁HPより)

ん?何??

※日本ミツバチの巣とか〜

下の段からの参道〜

※この直線で
流鏑、馳馬が有ったんですね。

見返って〜


平成28年4月14日に九州では大震災(震度7)が熊本に…
平成28年10月21日には鳥取県中部地震(震度6弱)が〜
東日本大震災は8年目に…台風・豪雨水害被害で被災された方々に、
お見舞い申し上げます。阪神大震災も23年…今年こそエエ年に!
北大阪大震災・豪雨被害
灼熱の夏も過ぎ年末に春のポタ(UP遅!)
連続的な台風20〜25号被害に胸が痛みます。
平成の次の元号は??

えっ?皆様方、急遽過ぎと体調不良に家事・仕事にて
お休み〜残念!
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