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令和元年、2019年の〆…年末は~
生駒山の西麓を~東高野街道の成立するまで、
以前に自然発生的に成立した山根街道。

冬晴れの里山と渡来人の足跡と!
今ですよ今!
前の~続きで…近くは~
枚方市片鉾本町(杉ヶ本神社)~ 10

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
JR大阪東線の恩恵で輪行ポタ~相棒自転車は…プー太!
まだサンはブロ君でリベンジのタンデムポタ!!
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和元年12月29日
                                           UP日:令和二年02月26日


ポンポン山望みながら~

※

角を曲がれば~

※神社が…

片鉾郊祀壇
中国の影響を受けて行われた郊祀の最初は、
桓武天皇の漢風化路線の一環として延暦4年11月10日と同6年11月5日に
長岡京の南郊にあたる河内国交野郡の柏原にて郊祀が行われたものである。
現在の大阪府枚方市片鉾に昭和初期まで存在した小さな円丘がその祭場の跡だと言われている。
後者の際に天皇の実父である光仁天皇を併せて祀り、
また祭文も「是天上帝に告ぐ」とする中国の郊祀の体裁を採用している。
これは、中国文化の導入を通じた律令政治の再建を意図するとともに、
天皇の母方である渡来人系の和氏一族を通じて中国文化に親しんでいたこと、
壬申の乱以来の天武天皇系皇統が断絶して天智天皇系皇統が再興されたことを
「新王朝」創業に擬え、「新王朝」の都である長岡京で天に対して
その事実を報告する意図があったと言われている。
(Wikipediaより)


※扁額
※
手水鉢は~
休憩場所…

※境内風景

拝殿舎正面

※八幡大神

拝殿舎脇の手水鉢には杯状穴

※浅いのですが…

狛犬
阿

※吽

なにわ型

※遥拝所跡でしょうか?

この社は?

※阿皆神(あかじん)様とか。

稲荷社

※拝み石
小さな杯状穴も…

トリモチの跡か?
鳥黐(とりもち)は、鳥や昆虫を捕まえるのに使う粘着性の物質。
鳥がとまる木の枝などに塗っておいて脚がくっついて飛べなくなったところを捕まえたり、
黐竿(もちざお)と呼ばれる長い竿の先に塗りつけて獲物を直接くっつけたりする。
日本においても鳥黐は古くから使われており、もともと日本語で「もち」という言葉は
鳥黐のことを指していたが、派生した用法である食品の餅の方が主流になってからは
鳥取黐または鳥黐と呼ばれるようになったといわれている。
原料は地域によって異なり、
モチノキ属植物(モチノキ・クロガネモチ・ソヨゴ・セイヨウヒイラギなど)や
ヤマグルマ、ガマズミなどの樹皮、ナンキンハゼ・ヤドリギ・パラミツなどの果実、
イチジク属植物(ゴムノキなど)の乳液、ツチトリモチの根など多岐にわたる。
(Wikipediaより)


※
 
大きな楠


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