一庫大路次川を多嘉橋渡ります。 ※上流部は前に~ |
先は東畦野なんですが~ ※川沿いを北へ~ |
定林山 慶昌寺さん ※ |
銀寄せの花の香りの中で~ ※ |
樅ノ木だと思います。 昔から目立っていた樹木 ※山下町の街中へ~ |
新興住宅地のような~ ※明治期には 人口密集地だったんですが… |
土蔵も~ ※正面には城山184mが~ |
三社権現銘の石燈籠 ※向いには 川西市郷土館 |
戸が開いてる… 開館してるなら 後ほど伺います~ ※NASAの服着たマネキン~ 飛び出し注意! |
新型コロナの緊急事態解除なので 6月2日から開館とか… |
参道行けば~ ※向うに鳥居が… |
自動車用参道 ※石燈籠 |
参道階段正面 ※一の鳥居 |
一の鳥居から見返ると~ |
大坂 泉屋銘 大坂銅吹屋(おおざかどうふきや)は江戸時代に全国の銅山から 産出した荒銅(粗銅)を大坂に集積し、南蛮吹により少量含まれる 銀を分離し精銅を製造する機関である。 これは輸出用の御用銅を確保し銅地金の流通を幕府が管理する目的で 設立されたものであった。大坂銅吹屋仲間ともいう。 この銅吹屋の中心となったのが泉屋(いずみや)であり、 後の住友財閥発展の基礎となった。 泉屋は、元和9年(1623年)に内淡路町に銅吹所を開設し、 寛永13年(1636年)に長堀茂左衛門町に移転し、 最大の銅精錬所となり国内の約3分の一を精錬していた。 このほかにも大坂屋(おおざかや)、平野屋(ひらのや)、 大塚屋(おおつかや)などの吹屋があったという。 (Wikipediaより) ※平野大明神銘 |
道路の上に 二の鳥居 ※境内風景 |
手水舎 ※手水鉢 |
※拝殿舎正面 |
狛犬 阿 ※吽 |
※正面龍 |
摂社 北野天満宮 ※ |
本殿舎 ※内部 |
社殿内狛犬 阿 ※吽 |
瓦製狛犬 ※獅子も~ |
華美な木彫は見られない ※巴紋 |
木鼻 ※境内摂社 |
脇には築地 ※伽藍は大昌寺さん |
大屋根横目に~ ※ |
西国33ヵ所写し 西国霊場巡礼が盛んになると、地方の大名などが自分の居住する 周辺に西国霊場を勧請して新たな観音巡礼を作るようになった。 これを「西国写し霊場」という。 最も早期の西国写し霊場は源頼朝創建と伝える坂東三十三箇所であるが、 これは鎌倉時代の天福2年(1234年)以前には既にあったという 確実な史料があり、かなり古いものである。 室町時代になると秩父に秩父三十四箇所も創建され、 西国・坂東・秩父を合わせて「百観音」というようになり、 百観音巡礼をする修験者なども増加した。 (Wikipediaより) ※役行者像 |
第二番 三井寺 |
城山(188.2m)に コースが設定されています。 ※ |
善光寺 ここは?? ※第3番 粉河寺 |
見返って~ 住宅地と里山が混ざり合って~ ※ |
第4番 槇尾山 ※時間の関係で残念ながら 先はパスして~ |
平野神社サンから戻ります~ |
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