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大和川川跡を探して(02)

大和川付け替え300年記念を祝して〜

かつて、大和川は、柏原村で南から流れてくる石川と合流し、
そこから西北へ折れ、久宝寺川(長瀬川)と玉串川(玉櫛川)に分かれ、
各川や池と合流しながら最後はそれぞれ淀川へと注いでいました。
大和川が流れていた河内平野は、川が運ぶ肥沃な土砂のおがけで、
古代から田畑が開かれ、人々が生活を営んでいたのですが、
常に洪水の危険がつきまとっていました。
川の流れで運ばれた土砂が河底にたまり、
まわりの田畑よりも河底が高い天井川となっていたことや、
河口にも土砂が堆積していくことで大雨時などに
川の水が排水されにくくなっていたために付け替えをば…
中甚兵衛さんが有名!

                             撮影:平成19年05月26日  

では、散策に突入〜

※川の概要が書かれています。


築留2番樋ですと。

※先からも呼んでいます。

登録有形文化財なんですね。

※堤防の隙間に
楠が枝を張ってます。

イギリス積なんですって。

※川鵜とゴイ鷺、2態〜

築留土地改良区事務所
今日はお休み。。

※山本樋(2番樋の袂に)

長瀬川の環境も考えられてます。

※形は古くとも。。

このトンネルから長瀬川の源が…

※入道雲のような枝を目指して〜

格子戸もコナレタ色して。。

※飾り瓦〜好きですネン!

神さん信仰〜住所表示
遺族の家、NHK、ガス、電気
国勢調査、犬のシール
おどし押し売りお断り看板etc。。
目白押し。。。^^

※堤下の地蔵様
見守ってや〜

ノーンビリと。。

※注連縄で神様に成った木!

お宮サンが有ったのですね。
川の氾濫防止祈願でしょうか??

新しい街並みに
歴史を見守った瓦が〜

※先へ〜

低い屋根に虫籠窓、煙抜き…
大好きです。

※ここが玉串川の始まり。。

北へ伸びた玉串川です、
先ほどの長瀬川と言い
大阪市内に向けての
旧大和川の名残です。

ややっこしい国道分岐看板。
古くからの人の足跡が見えそう〜
(今ではタイヤの跡か…^^;)

※人も自転車も信号待ち
(厳密に言えば自転車は軽車両で
歩行者と違うらしい)
自転車はイツワタルノ???

玉串川の取水口

※近鉄道明寺線の橋梁。。

歩行者専用道路でしょうか?

※渡りきって看板で、お勉強〜

大和川の付け替えは
当時の大土木事業だったんですわ。
賛否両論喧々諤々
喧々囂々〜幕府も大変。。
初めは大志を抱いて〜
其のうち、いつものように神社巡り。。^^;
おもろいヤン!
近鉄に乗って〜カモサンは自走!
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