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令和元年、2019年の5月は〜
我が会では、丹波篠山再発見!
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八重桜は満開!〜小雨模様〜恐竜の足跡も…
田植え直後の里山風景にお茶畑〜
今ですよ今!
有名人の足跡も…へぇ〜!?
丹波篠山市味間南文保寺楼門  03

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し〜

本日は雨傘片手に4輪ポタ〜相棒自転車は…無!

まだサンとは雨が多いなぁ〜汗
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和元年05月01日
                                           UP日:令和元年08月24日

味間南の集落を西へ〜

※綺麗な圃場

文保寺参道〜

※一隅を照す此れ則ち国宝なり〜

二村大明神扁額

※裏面

大化年間(645)印度より法道仙人来朝され、
自作の聖観世音菩薩を本尊として聖備山長流寺を開基されましたが、
承平年中(935)平将門の乱で堂宇は焼失しましたが、
聖観世音菩薩は灘をのがれ今田本庄の里にお祭りされていた。
その後、正和年間(1312)花園帝によって再建され、
慈覚大師作の千手観世音菩薩像を御本尊として安置し、
聖観世音菩薩とあわせて二体のご本尊を今に伝えています。
文保年間(1317)宝鏡寺門跡一品親王により
寺号「文保寺」直筆の勅額を拝受し以後、松尾山文保寺と改めています。
文保寺は、隆盛の頃二十一坊を数えましたが、江戸時代中頃に六ヶ坊となり、
現在は観明院、大勝院、真如院の三ヶ院が塔中寺院として残っています。
現存の建造物は、観音堂、仙人塔、愛宕社、山王社、鐘楼、大師堂、
惣門、仁王門(楼門)があります。
中でも仁王門は、室町末期に鎌倉の建長寺を模して建立されたと伝えられていましたが、
兵火にあい焼失、天正末期に再建されました。
その後大正時代と平成三年に上層部及び屋根の改修を行いましたが、
郡内最古制を遺存しており、市文化財に指定されています。
(天台宗兵庫教区 寺院大図鑑HPより)


※郷社 二村神社碑

兵庫県南部に広がる播磨平野東部を受益地(神戸市他3市2町8,040ha)とし、
篠山市から三田市・三木市を経て神戸市に至る周辺地域。
東播用水は、水田・畑地への用水補給と新規用水確保及び水道用水供給のため、
昭和45年度に事業着工され、平成4年度に完成しました。
水源対策として3ヶ所のダムと、これらのダムを結ぶ2本の導水路、
そして幹線・支線水路が建設され、東播用水の「水のめぐみ」により、
従来の溜池に依存していた地域農業は、ほ場整備等の基盤整備が促進され、
機械化体系の拡充と土地利用率の向上などにより、農業経営の安定と近代化が図られてきました。
また、安定した水道用水の送水は人々の生活を潤しています。
(疎水名鑑HPより)

此の地下342mに通過してるんですね〜

※施設の一部でしょうね〜

先は松尾山(687m)

※先へ〜

見返って〜

※先は楼門

文保寺の楼門ですね。



大きな草鞋



裏側は〜

※白髪山への登山口
平成28年4月14日に九州では大震災(震度7)が熊本に…
平成28年10月21日には鳥取県中部地震(震度6弱)が〜
東日本大震災は8年目に…台風・豪雨水害被害で被災された方々に、
お見舞い申し上げます。
阪神大震災も24年…今年こそエエ年に!
平成末は北大阪大震災・豪雨・台風被害
令和初年は台風15号被害に胸が痛みます。
遂に天皇陛下は年下に…

まだサンと膝栗毛!
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