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令和元年、2019年の5月は〜
我が会では、丹波篠山再発見!
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八重桜は満開!〜小雨模様〜恐竜の足跡も…
田植え直後の里山風景にお茶畑〜
今ですよ今!
有名人の足跡も…へぇ〜!?
丹波篠山市味間文保寺  05

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し〜

本日は雨傘片手に4輪ポタ〜相棒自転車は…無!

まだサンとは雨が多いなぁ〜汗
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和元年05月01日
                                           UP日:令和元年08月24日

文保寺は、大化元年(645年)に法道仙人(ほうどうせんにん)によって開かれ、
自作の聖観世音菩薩を本尊として安置し、聖備山長流寺(しょうびざんちょうりゅうじ)と称されていました。
法道仙人は、印度より中国を経て日本に仏教を伝えたと云われ、
瀬戸内海を経て加古川上流域の播磨・丹波地方を中心に200ケ寺以上の多くの山岳寺院を開かれており、
特に天台真言系の寺院が多くなっています。
文保寺は、最盛期には堂舎21坊を数えたと云われ、元禄6年(1693年)の寺社改帳には、
自光院、龍花院、真如院、観明院、源智坊、行定坊、一乗院、吉祥坊、西教坊、常光坊、
中蔵坊、教蔵坊、善光坊、宝住坊、本性坊、本仙坊、泉蔵坊、山本坊、極楽坊、持正坊、理教坊の5院16坊が
あったと記されています。(中略)
戦国時代末の天正年間(1573〜1592年)に明智光秀の丹波攻めに遭い、再び全山悉く灰燼に帰しました。
江戸時代中頃になって復興、真如院、大勝院、観明院、本覚院、林城院、慈明院の6院となり、
現在は、真如院、大勝院、観明院の3院となっています。
(松尾山 文保寺HPより)




昭和58年の台風10号被害からの
復興の碑



八重桜が満開



秋も見事でしょうね〜

※登って行きます。

先の柵は害獣除け
登山道は続きます〜



我々は寺域へ〜

※シャガが〜
シャガ(射干、著莪、胡蝶花、学名:Iris japonica)は、アヤメ科アヤメ属の多年草である。
シャガは中国原産で、かなり古くに日本に入ってきた帰化植物である。
三倍体のため種子が発生しない。
このことから日本に存在する全てのシャガは同一の遺伝子を持ち、
またその分布の広がりは人為的に行われたと考えることができる。
したがって、人為的影響の少ない自然林内にはあまり自生しない。
スギ植林の林下に見られる場所などは、かつては人間が住んでいた場所である可能性が高い。
そういう場所には、チャノキなども見られることが多い。
中国には二倍体の個体があり花色、花径などに多様な変異があるという。
(Wikipediaより)


法道仙人塔









中井権次橘正貞作
中井権次一統(なかいごんじいっとう)は、丹波柏原藩(兵庫県丹波市)の宮大工、中井道源を初代とし、
4代目の言次君音(ごんじきみね)以後、9代目の貞胤まで神社仏閣の彫物師として活躍した中井家の一統。
6代目権次正忠より権次を名乗ったことから権次一統と称する。
徳川家康お抱えの宮大工で日光東照宮や江戸城を手がけた中井正清(1565〜1619)の血筋を引くとの説があるが、
出自の詳細は不明。現存する作品は北近畿一円に及ぶ。
柏原八幡宮(1024年に京都の石清水八幡宮の別宮として丹波氷上郡柏原に創建)の焼失した三重塔の再建のため、
京都与謝郡の中井役所(徳川幕府公認の宮大工集団)より中井道源とその弟が宮大工として派遣された。
塔は1615年から1619年にかけて完成したが、道源はそのまま柏原に居を構え、柏原中井家の祖となった。
徳川幕府が各地に多彩な建造物を建立する中で、4代目の言次君音から彫物師としての本格的な活動が始まり、
特に宝暦年間(18世紀中頃)における柏原八幡宮摂社、五社稲荷の龍を中心とする多彩な彫物はその嚆矢と評価される。
5代目中井正忠以降も「青竜軒」の屋号を名乗ってその技量を十二分に踏襲。
1815年に落雷により焼失した三重塔の再建に当たっては、一族の宮大工が建築を、正忠、正貞が彫物を担当した。
9代目貞胤まで6代に亘って続いた彫物の作品は、丹波(兵庫県と京都府を含む)初め、
丹後、但馬の北近畿一円及び播磨地方にまで及び、300近い神社、仏閣に残されている。
なお、10代目から京都府宮津市で印判業を営み、11代目光夫が健在。



 
権次一統の彫物は、躍動する竜に代表される。その特徴は
@3本のがっちりしたかぎ爪で丸い宝珠を掴んでいる。
A口を開けた時の舌がぐっと立ち上がっている。
B目尻が赤く塗られたものが多い。
C銅を用いた髭が螺旋状に巻き上がっている。
など。また木鼻(長い梁の両脇先端部)に唐獅子、獏、象などの霊獣を並べ、
そのほか周りに麒麟、十二支の動物、牡丹、謡曲や中国の神仙説話などの登場人物、動物などが多彩にちりばめられている。

初代 道源 ? - 1698年 丹後の中井役所から柏原八幡宮の三重塔再建のため柏原へ。居を構える
2代 栄音 ? - 1726年
3代 安左衛門 ? - 1757年 彫り物を始める
4代 言次君音 1722年 - 1787年 神社仏閣の彫り物師の活動を本格化
5代 丈五郎橘正忠 1750年 - 1818年 屋号に「青竜軒」を用い、以後代々引き継がれる
6代 権次橘正貞 1780年 - 1855年 初めて権次を名乗る。正忠と共に柏原八幡宮三重塔の再建に関わる
7代 権次橘正次 1822年 - 1883年
8代 権次橘正胤 1854年 - 1928年
9代 権次橘貞胤(喜一郎) 1872年 - 1958年


※透かし彫りも見事に〜

見事ですね〜



御本尊は〜

※髪の毛のマジナイ…

流れる様な松の葉

※松に鶴ですが
本当はコウノトリだったとか〜

玄武

※愛宕社と山王社

静かな境内



鐘楼



ミツマタ満開!



本来の参道は
こちらから〜

※手水舎

大きな杉

※昔なら自前の木材でしょうね〜

眞如院



位牌堂



大勝院

※ナギ



※見ざる言わざる聞かざる〜

田園風景の中に〜


平成28年4月14日に九州では大震災(震度7)が熊本に…
平成28年10月21日には鳥取県中部地震(震度6弱)が〜
東日本大震災は8年目に…台風・豪雨水害被害で被災された方々に、
お見舞い申し上げます。
阪神大震災も24年…今年こそエエ年に!
平成末は北大阪大震災・豪雨・台風被害
令和初年は台風15号被害に胸が痛みます。
遂に天皇陛下は年下に…

まだサンと膝栗毛!
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