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令和元年、2019年の初秋は〜

黄色い圃場、アキアカネ、古の職人技の集積地…
まだまだ残暑の街中から、避暑に氷上郡柏原へ!
木陰で涼風と一休み〜
秋晴れの里山と大きな木と!
今ですよ今!
前には〜
01 02 03 04
中井権次一統作以外の彫物師も…ほぉ〜と感嘆が漏れます。
氷上町新郷(伊尼神社)〜 06

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し〜
JR大阪東線の恩恵で輪行ポタ〜相棒自転車は…英国車アネリ号!
浮ドン・カモさんはブロ君でトリオポタ!!
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和元年09月16日
                                           UP日:令和元年10月25日

盆地を取り巻く山裾に〜



ノンビリと〜



大きな地蔵尊
見守る先は〜

※墓地でした〜

大きな石燈籠

※付近をウロウロ〜

山道も〜

※脇道も〜

参道なんですかね〜

※石燈籠も〜

石垣が綺麗に〜

※撮影中〜

立派な石燈籠が〜



左が秋葉山・愛宕山の常夜灯
右が稲荷社の燈籠
秋葉神社(あきはじんじゃ、あきばじんじゃ)は、日本全国に点在する神社である。
神社本庁傘下だけで約400社ある。また、歴史地理学者・米家泰作による
2017年(平成29年)の調査では1,129社を数える。
神社以外にも秋葉山として祠や寺院の中で祀られている場合もあるが、
殆どの祭神は神仏習合の火防(ひよけ)・火伏せの神として広く信仰された
秋葉大権現(あきはだいごんげん、現在の遠州秋葉山秋葉山本宮秋葉神社と
越後栃尾秋葉山の秋葉三尺坊大権現の二大霊山を起源とする)である。
一般に秋葉大権現信仰は徳川綱吉の治世以降に全国に広まったとされているが、
実際には各地の古くからの神仏信仰や火災・火除けに関する伝説と
同化してしまうことが多く、その起源が定かであるものは少ない。
祠の場合は火伏せの神でもあるため、燃えにくい石造りの祠などが見かけられる。
小さな祠であることが多く、一つの町内に何箇所も設置されている場合もある。
(Wikipediaより)


愛宕信仰(あたごしんこう)とは、京都市の愛宕山山頂に鎮座する愛宕神社から発祥した、
火防の神に対する神道の信仰である。
愛宕山の愛宕神社は、古くから修験道の道場となり、愛宕山に集まった修験者によって
江戸時代中頃から愛宕信仰が日本全国に広められた。
中世後期以降、愛宕の神は火伏せに霊験のある神として広く信仰されるようになった。
日本全国で「愛宕」を社名につける神社は43都道府県に約1000社ある。特に東北地方に多く分布する。
愛宕の神とされるイザナミは神仏習合時代には勝軍地蔵を本地仏とし、
軻遇突智(火産霊尊とも)も共に祀った。現在でも、愛宕の縁日は地蔵と同じ毎月24日である。
また、現在でも火産霊命(かぐつち・ほのむすび)が祭神とされる。
勝軍地蔵を本地仏としたことから、火伏せの神としてだけでなく武神としての信仰もあった。
民間では、各地に「愛宕講」と呼ばれる講が組織された。
「千日詣」と称し、8月1日に参拝すると千日参拝したのと同じ御利益があるとされる。
直江兼続が兜の前立に「愛」をまとっていた理由の説の1つとして、愛宕信仰説がある。
(Wikipediaより)


※どちらも火伏せ・火除けの神様ですね。
Wのパワー!

観世音奉燈

※間が参道ですかね〜

豊村稲荷大明神

参道〜

※覆い屋内の本殿舎

中々の遊び心も〜

※扁額

小さな祠も〜

※脇から〜
柴犬に似た眷属狐も〜

脇の道を〜

※弘法大師
修復されたとか〜

上市場隣保館
集会所でしょうか?

※伊尼神社(イチノミヤ)
読めますか?

待って―ナ!

※用水路

神社に向かいます〜

※此処にも参道燈籠

此処は
秋葉山と愛宕山
別々〜
昔から集落は火事が大敵ですよね。

※トタン被せ

おお〜
117クーペ!
角目ですが懐かしい〜
117クーペ(117Coupe)は、いすゞ自動車が生産していた乗用車である。
流麗なデザインを備えた4座クーペであり、1970年代の日本車を代表する傑作の一つに数えられる。
1968年に発売されて以来、長期にわたり生産され、長くいすゞのフラグシップを務めた。
本車は発売開始以来の10年間に1台も廃車が出なかったとの業界記録を持つ。
長期生産にもかかわらず総生産台数は86,192台に過ぎない。
(Wikipediaより)


※もう一度、この風景の中を
ドライブしませんか〜絵に成りますよ。

御念仏刻んだ〜

※中河原川

立派な参道正面

※扁額

通神 碑
神社由来と
奉納者の芳名が乗っています。

※神仏合宗の名残
鐘楼

立派な拝殿舎

※手水舎

狛犬


※吽

拝殿舎の破風
立派な龍
髭は木彫りで彫られています。

※裏には〜作者名
紀元二千六百一年(昭和16年)
姫路市外西青山
井上好郎之作
姫路の布団太鼓の木彫師でしょうか?

本殿舎
案外、質素な木彫です。

※扁額

境内摂社

※内部には出雲神社銘

石燈籠

※大きな杉

皇大神宮遥拝所
伊勢神宮ですね。

※神宮寺の名残

境内摂社



摂社

※下に置かれた扁額
服部 一三(はっとり いちぞう、
1851年3月13日(嘉永4年2月11日) - 1929年(昭和4年)1月25日)は明治時代の日本の文部・内務官僚。
東京英語学校、東京大学法・理・文各学部綜理(1880年(明治13年)6月4日)、
東京大学予備門(いずれも東京大学教養学部の前身)校長・予備門長、大阪専門学校(京都大学の前身の1つ)綜理、
日本地震学会初代会長、東京大学法学部初代学部長、共立女子職業学校(共立女子中学校・高等学校の前身)校長、
文部省普通学務局長、岩手・広島・長崎・兵庫の各県知事、貴族院議員を歴任した。
(Wikipediaより)


本殿舎
鰹木は3本

※やはり圧巻は
拝殿舎の木彫です。

境内風景

※お邪魔しました〜

お待ちどうさま!



見返って〜

※ヤマカガシだそうです〜
平成28年4月14日に九州では大震災(震度7)が熊本に…
平成28年10月21日には鳥取県中部地震(震度6弱)が〜
東日本大震災は8年目に…台風・豪雨水害被害で被災された方々に、
お見舞い申し上げます。
阪神大震災も24年…今年こそエエ年に!
平成末は北大阪大震災・豪雨・台風被害
令和初年は台風15・20号被害に胸が痛みます。
遂に天皇陛下は年下に〜
消費税も10%に!!
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