
宇賀志川横目に~
※此処を右へ~
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標高約350m地点
※国道166号との交差点
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約4Km目指します~
※芳野川(ほうのがわ)
1級河川なんですね。
(淀川水系)
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芳野川沿いを遡ります~
※先の小山は
城が在ったんですね。
(芳野城)
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あの目に付く東郷地区の
太鼓楼寺院も後程~
※先へ~
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小さな橋があるみたいで~
※有りました~
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心もとない…
※ホンマに此処でしょうか?
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此処で待っといてや!
標高約360m
※小さな祠が~
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地蔵堂?
※隣の祠は~
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石の祠
※地蔵尊でした。
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道は続きます。
※徒歩で上っています。
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この上に屋根がちらりと~
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標高約385m附近
御声掛けさせてもらって伺ったら
じんじゃはもう一つ上の橋とか~
※マムシグサ咲いてました~
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ミスコースでした
東郷地区に戻って~
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引き返します~
※田植えが終わった圃場
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あの橋ですね~
※看板も~
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渡ります~
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会えました~
※社殿正面
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真新しい狛犬
阿
※吽
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手水舎
※手水鉢
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由緒記
※社殿正面
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社務所
標高約360m附近
※先に気に成るところ~
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芳野城(ほうのじょう)
芳野氏は、秋山・沢・芳野の「和州宇陀三人衆」と称される武家集団で、
この芳野を中心に鎌倉から戦国時代にかけて活躍した在地武士。
鎌倉時代末期の正和4(1315)年の春日若宮神主祐臣(すけおみ)の
「祭礼記」に「流鏑馬十騎、芳野二騎」と書かれており、
興福寺の配下にあったことがうかがえる。
芳野城は、東西300mの山の尾根を利用して造られ、標高466mの高さにある。
そのため、狼煙(のろし)を上げる山城だったと考えられている。
この城には、郭、土塁、堀切、虎口などがあり、3本の大きな堀切で、敵の侵入を防いでいた。
また、芳野城の下を流れる芳野川を外堀としていたようで、東郷地区には、堀岡、堀内など「堀」のつく家がある。
※境内摂社
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この石塔は
頌徳碑?
※勲8等(勲八等)とは、明治期から戦前まで
用いられた日本の勲章の等級区分の一つで、
下から2番目の等級に当たる栄典上のランクです。
現在の叙勲制度では等級表示は廃止されており、
「瑞宝章」「旭日章」など勲章名のみが用いられます。
(コトバンクより)
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社務所軒に提灯棒
※お参りします~
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本殿舎
※彩色が綺麗に~
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大きな杉の木~
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次へ~
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