
入谷金兵衛の墓
吉野山を見わたせる地に入谷金兵衛の墓があります。
今からおよそ650年前(1336年)、後醍醐天皇(南朝)は、
鎌倉幕府の政治を嫌い、幕府を倒しました。
このとき天皇を助けた足利尊氏は力を蓄えて、やがて天皇にそむきます。
天皇はやむなく吉野山に朝廷を移し、一方の足利尊氏は別の天皇(北朝)をたて、
世にいう南北朝の幕開けをむかえます。
このとき、南朝、後醍醐天皇の忠臣であった入谷金兵衛は
御嶽山の山中、オウバイの地から吉野方面に「のろし」を
あげて敵の動向を知らせたといいます。
(宇陀市観光協会HPより)
今回は行きませんが~
※獣害が有るんでしょうね。
高いフェンス
標高約365m
|

鯉のぼりの季節!
緑の海原に~
|

小さな丘?山?が
多い地区
※トタン被せ屋根も~
|

芳野城は此方からも~
菟田野ホタル公園だそうで~
※一本一得!
|

小さな橋を補修中
※
|

妙香寺さん
源義経(牛若)の母。
1159年に起こった平治の乱の際に
夫の源義朝が殺され、未亡人となり追手に追われながら
雪中を3人の子(今若・乙若・牛若)を連れ京都から大和国へ
向かって逃亡した。
宇陀郡はもと大和源氏の根拠地であったため、
吉野竜門牧(大宇陀牧)に縁のものを頼って逃れた。
菟田野下芳野の岸の岡にもしばらくかくまわれていたとされ、
そのゆかりの伝承地がある。
源義経の娘妙香禅尼が開基。
夫である源頼政が没した後出家し、下芳野に草庵を結び、
仏道に精進した。
祖母にあたる常盤御前の念持仏が保在されている。
(宇陀市公式HPより)
※
|

石碑が気に成って~
※南無阿弥陀仏
|

後で、あの道を行きます。
※
|

あの御家辺りですね。 芳野下城跡
(芳野氏の居城跡)
※トタン被せ家屋
|

伊勢は
あの山の向こう~
※体育館?
隣にはプールが有ります。
学校だった??
|

トタン被せ家屋
※
|

田植え中
※これは~
|

道路脇に地蔵堂
※沢山の地蔵尊
|

木彫も~
※集落内の旧道との合流点脇
|

石の祠には~
※庚申堂
青面金剛
上部に日月
|

これは?
※元 五輪塔?
|

ソーラーパネル
此処にも~
※地蔵堂の反対側には~
|

五輪塔
※
|

見返って~
※
|

西国貮三所
23番は勝尾寺?
|

こんな状況
※檜皮葺屋根
|