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令和八年、2026年のGWは~
丘を越えていこうよ~♪
分水神社、田植えの季節、鯉のぼりと石段上り…

淀川水系の上流部、菟田野の里山満喫して!
久々の晴れた峠越えと有名人の足跡と!
今ですよ今!
前には~01 02
神武天皇と茅葺家屋…ほぉ~と感嘆が漏れます。
奈良県宇陀市大宇陀田原(片岡家住宅)~15

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
浮ドンは風邪気味でお休み…
6輪ポタで~相棒自転車は…UFO先生1号!
まだサンはALPSクライマーでランドナータンデムポタ!!
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和八年05月05日
                                           UP日:令和八年05月08日

大宇陀田原の集落



緑色に染まりそう~

※田原区集会所

道沿いに看板が~
標高約380m附近

※見上げたら~

大きな欅が目に付きます。

※奇麗な茅葺屋根。

見返って~

※全体が見たいですね~

表門

※標高約390m附近

片岡家は、歴代当主が近世のほぼ全期間を通じ田原村の庄屋をつとめ、
郡山藩領時代には大庄屋、幕府領時代には年預(惣代庄屋)、
明治以降は戸長や村長などもつとめました。
当主は代々彦左衛門を襲名しています。
片岡家には田原村や田原組村々に関する村方文書が豊富に残っており、
その数は近世文書を中心に1万3千点を超えます。
片岡家住宅に関する史料もよく残っています。
普請関係では、寛文9年(1669年)『殿様御殿御普請帳』と寛文1
1年(1671年)『座敷普請帳』があります。
前者は主屋の客室部、後者は居室部の普請に関わる文書であり、
上棟の際に用いられた木槌にも、寛文10年(1670年)の墨書銘が見られます。
「客室部」は、その後、天明2年(1782年)に大規模な改造が行われ、
ほぼ現状の形状になったものと思われます。
また、主屋の東側の「表門」は、天保3年(1832年)に建てられたもので、
上棟の際の『御祝儀覚之帳』が残っています。
片岡家住宅については、それぞれの建造物についての関係史料が残っており、
建設年代が判明しています。
また、間取りや構造手法に特色があり、民家の歴史を知る基準ともなる貴重な建造物です。
(奈良県HPより)



本日は見学を
お断りします~残念!!

※来歴

いつまでも大事に
残ってほしいですね~

代々受け継がれているお名前

※イソヒヨドリ

石垣も綺麗に積まれて~

※母屋前には生垣でしたが~


全体的に見える場所から~

※母屋も~

ごあんない

※お邪魔しました~
多分、表門の前で
御挨拶させていただいた方が
当代の御当主さんですわ。
(写真無)
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