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令和元年、2019年の晩秋は〜
刈穂の圃場、燃立つ紅葉、古の職人技の集積地…

分水嶺の地、篠山から春日へ!
秋晴れの里山と有名人の足跡と!
今ですよ今!
前には〜
01 02 03 04 05
中井権次一統作以外の彫物師も…ほぉ〜と感嘆が漏れます。
上板井(伊能忠敬石碑)〜 05

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し〜
JR大阪東線の恩恵で輪行ポタ〜相棒自転車は…英国車BSA号!
浮ドン・まだサンはブロ君でトリオポタ!!
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和元年12月01日
                                           UP日:令和二年01月03日

宮田川堤
桜並木も紅葉落して〜

※エエ天気で良かったと〜

EP71!

※渡って〜

下流側〜

※地蔵堂と一(二?)之宮参道碑
何処の神社でしょうか?

何処やろか?

※判らんなぁと〜

地蔵様

※

宮田川上流、此の方向には
二宮神社が有るんですが〜

※北へ〜

舞鶴若狭自動車道が見えてきました。
この道路の向こうにも神社が有ります。

※柿の実が綺麗に〜
先には板井城跡

上板井集落の西北に位置する通称「城山」に営まれた中世の山城で、
丹波守護の「山名」が年間に城を築いたとされます。
戦国時代末には、「山名小太郎」がこの城を治め、明智の丹波攻めにより、
天正6年(1578)に板井城跡と天満神社落城したと伝えられています。
現状で確認できる郭は、主郭(20×16m方形)、第2郭(19×28m)、
第3郭(20×30m)で、第3郭西側に土塁の痕跡が遺存しています。
板井城のある丘陵は周囲を小坂川によって隔絶されており、自然の要害の地を選択し、
城が築かれたのでしょう。
(篠山市HPより)


城下町だった?

※これは?

伊能忠敬篠山領測量の道
伊能忠敬は17年もの歳月をかけた測量の中で、
1805年〜1814年にかけて兵庫県内を訪れ、
丹波、但馬、摂津、播磨、淡路の五国で測量を行っています。
(篠山市HPより)

※隣の自然石は?

巡礼道
西国巡礼の旅人のために、第25番札所「播州清水寺」から
第26番札所「丹後成相寺」への巡礼道なんですね。

※

ブロ君
一休み〜

※地蔵尊
何やら気に成る…

気に成る…

※此方は観音様?

明和期の地蔵尊は
首から上が無い…
砂岩の宿命でしょうか?

※

納屋?休憩所?
昔からの物でしょうか?

※

気に成りますわ〜
と…

※太神宮銘石燈籠

上板井の集落内へ〜

※

鉄橋でしょうか?

※

集落の中心?

※上板井公民館

一本一得!
鐘が乗ってます。

黒豆畑
平成28年4月14日に九州では大震災(震度7)が熊本に…
平成28年10月21日には鳥取県中部地震(震度6弱)が〜
東日本大震災は8年目に…台風・豪雨水害被害で被災された方々に、
お見舞い申し上げます。
阪神大震災も24年…今年こそエエ年に!
平成末は北大阪大震災・豪雨・台風被害
令和初年は台風15・20号被害に胸が痛みます。
遂に天皇陛下は年下に〜
消費税も10%に!!
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