
段丘に成っているような~
舒明天皇田中宮跡・田中廃寺跡
田中廃寺は、蘇我氏系田中氏の氏寺として建立された寺院です。
田中町の集落の西側にある法満寺(ほうまんじ)の付近が田中廃寺の
中心地ではないかと考えられてきました。
しかし、発掘調査の結果、田中廃寺は法満寺付近ではなく、
その西側にある「弁天の森(べんてんのもり)」付近に
中心部分があるらしいことがわかりました。
発掘調査で、回廊状(かいろうじょう)に並ぶ柱列や
総柱建物(そうばしらたてもの)、
四面庇建物(しめんびさしたてもの)などの建物や、
大量の瓦片、梵鐘(ぼんしょう)の
竜頭(りゅうず)の鋳型(いがた)といった
鋳造(ちゅうぞう)関連の遺物が見つかったのです。
出土した軒瓦(のきがわら)は、単弁蓮華文(たんべんれんげもん)
軒丸瓦(田中廃寺式)だけでなく、
山田寺式と同型の瓦や、藤原宮で使用された瓦、
和田廃寺式と同型の瓦など、バリエーションに富んでいます。
(橿原市HPより)
※この近くらしいですが~
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