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令和七年、2025年!今年は猛暑が長すぎて~
でも、この日は短い秋日和

何処行こうか?
浮ドンの気に成るところ~

前には

今回も、浮ドンと!奈良へ~
大和三山巡り行こうかとしましたが~
何で?
畝傍山周りで時間切れ…残念!


奈良県橿原市城殿町(本薬師寺跡) 17

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
今回は休日タンデムポタ~相棒自転車は…
新顔のツインドラゴンとミニらんちゃん
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和七年11月03日
                                           UP日:令和七年11月06日


二上山がチラリと~

※イチジクの栽培
樹形仕立てが和歌山と違います。

木殿の旧村



立派な庭木

※寺院ですね。

光明寺さん

※この度のご縁~

のーんびりと~



キョロキョロしながら



万葉歌碑

※忘れ草 我が紐に付く 香具山の

故りにし里を 忘れむがため
大伴旅人

此処は前に

本薬師寺(もとやくしじ)は、奈良県橿原市の東南に位置する藤原京の薬師寺と呼ばれた寺院。

後に持統天皇となる皇后の病気平癒を祈って天武天皇が建立を誓願した官寺である。
平城京遷都で薬師寺が西ノ京に移ると、西ノ京の「薬師寺」と区別するために
「本薬師寺」と称されるようになった。
本薬師寺は元薬師寺とも記されるほか、平城京に造営された薬師寺(平城京薬師寺)に対して、
「藤原京薬師寺」などとも呼ばれる。
これまでの発掘調査により、およそ11世紀初頭まで存続していたことが認められている。

現在は、橿原市城殿町(きどのちょう)の医王院(白鳳山醫王院)の境内に、
伽藍の遺構のうち金堂の礎石の一部が残る。
また、東塔や西塔の土壇および心礎などの礎石が周囲の水田に残存しており、
本薬師寺跡として特別史跡に指定されている。
(Wikipediaより)

※基部石材が
あちこちに~


医王院



白鳳山醫王院

※司馬遼太郎
「わが想いの場所」

石工が沢山居られたんでしょうか?



浮ドン探索中~



史跡元薬師寺址碑

※大正期銘

僧侶の墓標でしょうか。



庚申塚

※西塔跡

東塔跡

見返って~

ハス畑

※東塔跡基部石

水抜きが在りますね。

※祠

電池交換

※此処は初めて来たと~
浮ドン談

畝傍山
色んな表情を見せてくれます。

※見かえって~


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