
丹生川上神社中社から
少し離れた所に
隠れるように~
標高280m附近
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社殿
※説明板
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覆い屋に守られて~
※波と八咫烏?
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彩色されていたんですね。
※うっすらと残っています。
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こんな感じ~
※撮影中
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見返って~
※謂れの有りそうな岩
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手水鉢
※この道路標識は見えませんね。
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県道挟んで~
※神武聖蹟「丹生川上」
Jinmuseiseki
~神武天皇の丹生川上での親祭~
昭和15年(1940)2月7日、文部省による神武聖蹟調査の第1回目の決定があり、
「丹生川上の地」は小川村(現東吉野村)丹生川上神社の付近であると発表された。
日本書紀によると、戊午の年9月、神武天皇は、大和平定のため、夢にあらわれた天神の教えのとおり、
天香具山の社の中の土を取って平瓮(もたい)と厳瓮(御神酒を入れる瓮)をつくり、
丹生の川上にのぼって天神地祇を祀られた。
神意を占って「厳瓮を丹生川に沈めよう。もし魚が大小となく全部酔って流れるのが
真木の葉の浮き流れるようであれば自分はきっとこの国を平定するだろう。」と言われて厳瓮を丹生川に沈めた。
しばらくすると魚はみな浮き上がって口をパクパク開いた。
椎根津彦がそのことを報告すると、天皇は大いにお喜びになられ
丹生の川上の五百箇の榊を根こぎにして諸々の神をお祀りされた。
このときから祭儀のときに御神酒瓶が置かれるようになった。
丹生川は、今の高見川で、高見、四郷、日裏の三川が合流したところの深淵は、
神武天皇が夢にあらわれた天神の教えによって厳瓮を沈めたところだと伝えられ、「夢淵」と呼ばれています。
東吉野村
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神武天皇聖蹟丹生川上顕彰碑
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夢淵上流の四郷川
※この先に高見川との
合流部に夢淵が~
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