
この日
2つ目の峠越え
標高1100m附近
吉野郡上北山村天ヶ瀬から吉野郡天川村の奈良県道21号
大峯山公園線交点の区間は狭路が連続する。
途中、行者還岳を行者還(ぎょうじゃがえり)トンネルで貫く。
トンネルの西側には登山者用の有料駐車場がある。
天ヶ瀬と川迫ダムの間は旧行者還林道であり、12月から翌年3月まで冬季通行止となる。
奈良県山間部の天ヶ瀬と川迫ダムの間はいわゆる「酷道」である。
しかし大峰山系の山上ヶ岳や八経ヶ岳はここを通らなければアクセスできない。
この区間はかつては林道だったが2002年(平成14年)に国道に編入された。
上北山 - 天川間は、みたらい渓谷の沢に沿って延びているが、道路幅員は1車線と狭く、
路上まで岩がせり出している崖道である。
このあたりでは「落盤注意」の注意喚起看板が道端に設置されている。
行者還岳の山頂付近には、林道時代からあった素掘りトンネルである
行者還トンネルが1 km以上にわたり山の岩盤を貫通している。
トンネル内は1車線以上の幅があり、対向車とすれ違うことが可。
(Wikipediaより)
※
大峯奥駈道は、修験道の根本道場である金峯山寺などがある奈良吉野山と
熊野三山を結ぶ、もとは修験道の修行場として開かれた道であり、
熊野古道の中で最も険阻なルートをなす。
修験道の開祖とされる役行者が8世紀初頭に開いたとされる。
今日、一般的に大峰山(大峯山)といえば山上ヶ岳を指すが、
大峯奥駈道でいう「大峯」とは、吉野から山上ヶ岳を経てさらに奥の山々、
そして最終的には熊野三山に至る大峰山脈を縦走する修行の道全体を指している。
道中の最高峰は八経ヶ岳の1915m。
吉野から熊野まで、神社や寺のほかに、大峰山脈の主稜線沿いに
75の靡(なびき)と呼ばれる行場(霊場)があり、
修験者は5月3日の大峯山寺の戸開けから9月23日の戸閉めまでの間に
奥駈修行を行なう。
奥駈は修験道でもっとも重視される修行であり、
神仏が宿るとされる岩や峰、滝などで祈りを捧げる。
宗教上の理由から、山上ヶ岳の北「五番関」から南の「阿弥陀ヶ森」までは女人禁制。
(Wikipediaより)
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林道ナメゴ線
※この先ですね。
雨が降っていて雲が掛かっていました。
この後、天川村から下市町長谷まで~
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県道の向こうに~
※忠魂碑
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小さな社殿
※頌徳碑
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雨に煙る社殿
標高350m附近
※日本遺産なんですね。
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きざはし(階)
意味: 高低差のある場所をつなぐ段々のこと。
古語や和語に由来し、漢字では「階」と書きます。
使われ方: 神社や仏閣、宮殿などの伝統的な建築物や、
格式の高い場所にある石段・木段を指すことが多い言葉です。
語源: 「きざ(刻=段々になっているさま)」+「はし(橋=場所を繋ぐもの)」から来ています。
ここから「陛下(へいか=階段の下からお話しする意の敬称)」という言葉も生まれました。
(AIにて)
※神馬
白龍(愛称:白ちゃん)がチラリと~
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檜皮葺の
きざはしです。
※本殿舎だと思います。
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蛙石
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牛石
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歌碑
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社殿正面から~
※きざはしが目に付きます。
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神馬の運動場
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これは?
※人形流しとか
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人形祓いの手順
※境界杭的な石柱
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手水舎
※手水鉢
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由緒記
丹生川上神社下社(にうかわかみじんじゃしもしゃ)は、
奈良県吉野郡下市町長谷(ながたに)にある神社。
式内社(名神大社)および二十二社(下八社)の論社。
旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
社名は川上村の丹生川上神社上社に対するものである。上古の由緒は不詳で、
土地の古老の伝えに、丹生社の鳥居が洪水によって流されてきたので、
それを拾って神体として祀ったのが創祀であるというが、当神社背後の丹生山山頂に、
祭祀遺跡と思しき矩形の石群があること、また、社前を流れる丹生川流域には
丹生神社が点在すること、かつては付近に、
御酒井・五色井・吹分井・御食井・祈願井・御手洗井・罔象女井・降臨井・鍛人井といった
多くの井戸が湧出していたことなどから、古くからの水神信仰があった可能性もある。
(Wikipediaより)
※ 中社と同じ樽酒
丹生(藤村酒造サン)
下市町の酒蔵さんですね。
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お邪魔します~
※拝殿舎
水の神様らしく
雨に濡れてしっとりと~
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奥に階(きざはし)が見えます。
※宝物殿
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産霊石(むすびいし)
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見返って~
※御神水
名水:いのちの水
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拝殿舎前風景
※奉納絵馬
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階(きざはし)反対側から~
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お邪魔しました。
※紅葉には
少し早い時期
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