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令和八年、2026年!今年初ポタはGWに~
でも、この日は「花曇り」と「走り梅雨」の間のヤヤコシイ天気!

何処行こうか?
浮ドンの気に成るところ~

前には

今回は、浮ドンとまだサンと奈良へ!!
三輪山、山野辺の道近くに行こうかと~
高校時分ぶりやとか~


奈良県桜井市粟殿(弘法の井戸) 03

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
今回は休日トリオポタ~相棒自転車は…
新顔のツインドラゴンとプー太、ミニらんちゃん
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和八年04月29日
                                           UP日:令和八年04月30日


上ッ道~
何か見つけました。

※トタン被せ家屋

奈良県銘
日本の道路元標が国によって定められたのは、
里程調査のための明治時代初期のものと、
大正の旧・道路法施行令公布の時のものと、二
つの時期にわたって道路に設置されたものがある。
正確には、大正時代に設けられたものが「道路元標」とよばれるもので、
明治時代に設けられたものは里程元標(りていげんぴょう)といい、
大正期の道路元標の前身となるものである。
(Wikipediaより)


城島村道路元標と記されています。
城島村(しきしまむら)は奈良県北西部、磯城郡に属していた村。
現在の桜井市中心部。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、式上郡粟殿村, 川合村, 戒重村,
外山村, 赤尾村, 忍阪村が合併し城島村が成立。

1897年(明治30年)4月1日 - 所属郡が磯城郡に変更。
1942年(昭和17年)4月1日 - (旧)桜井町と合併し、(新)桜井町が発足。同日城島村消滅。
(Wikipediaより)

やはり怪しい~



脇道も気に成ります。

※木製看板


個人のポスト?

※JP
集荷に来られるんですね。
簡易郵便局でしょうか??

路地奥にはトタン被せ家屋



見返って~



それぞれに思うところあり~



石燈籠にも
銘入り~

※弘法の井戸(こうぼうのいど)あるいは弘法井戸(こうぼういど)とは、
日本各地にある井戸・湧水で、弘法大師伝説に因む。
(Wikipediaより)


現在も水が湧き出しています。
ブリキバケツも~

※脇の御堂内には~

薬師如来様?

※お大師様

御堂脇

※次へ~

脇道向こうに極楽寺さん
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