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令和八年、2026年!今年初ポタはGWに~
でも、この日は「花曇り」と「走り梅雨」の間のヤヤコシイ天気!

何処行こうか?
浮ドンの気に成るところ~

今回は、浮ドンとまだサンと奈良へ!!
三輪山、山野辺の道近くに行こうかと~
高校時分ぶりやとか~

奈良県桜井市金屋(金屋の石仏) 10

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
今回は休日トリオポタ~相棒自転車は…
新顔のツインドラゴンとプー太、ミニらんちゃん
※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和八年04月29日
                                           UP日:令和八年05月01日


山の辺の道

※山の辺の道
案内標
先は前に

整備された石畳は
あの日のまま

※収納庫

金屋の集落から大神神社へと続く「山の辺の道」沿いの
喜多美術館の近くにある収蔵庫が、
よく知られる国の重要文化財の「金屋の石仏」です。
2体の石仏が安置され、ともに凝灰岩製の石板に浮彫(レリーフ)されたもので、
向かって右が釈迦如来像、左が弥勒如来像といわれています。
やや風化していますが重厚な表情が印象的です。
用材は石棺の板石を転用したとも言われています。
石仏は元々これより東に入ったミロク谷(三輪山の一部)の谷間に置かれていましたが、
神仏分離で今の場所に移され、大木にもたせて置かれていましたが、
好事家が拓本を取るなどして石仏が傷んできたので、
屋形を造り錠前をかけ保存するようになったようです。
(桜井市観光協会HPより)

※龍華三会碑
平岡 定海筆

向かって右が釈迦如来像、左が弥勒如来像

※興味津々

向かって右が釈迦如来像

※左が弥勒如来像

収蔵庫の下に加工痕が残る出所地が
不明の巨石が2石置いてあり「ミロク谷石棺」と呼ばれています。
うち1石は珍しい阿蘇ピンク石製の家形石棺の蓋石で
外面には4つの縄かけ突起があり、5世紀末頃のものと思われます。
金屋の石仏との関係は、石材の種類が違うので関係は薄いと思われます。
(市内ではこのほか兜塚古墳の石棺、慶雲寺境内石棺仏も
阿蘇ピンク石が使用され、当時の中央政権のあった
ヤマトと九州の勢力との関係に興味をひかれます。)
(桜井市観光協会HPより)

※瀬戸内海~大和川の水運の
おかげでしょうね。

石棺蓋

※喜多美術館

喜多美術館
西洋近代美術を中心に収蔵している。
ゴッホやルノアール、ピカソなどの世界的に有名な画家から、
須田国太郎や佐伯祐三などの日本人画家の作品までを幅広く展示する。
そのほか、漆芸品や陶磁器などの東洋美術作品も並ぶ。
(桜井市観光協会HPより)



山の辺の道で
大神神社サン目指さずに~

※大きな樹

見返れば~



此処も山の辺の道の一部です~

※元タバコ屋さん?
郵便ポストが気に成ります。
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