![]() 海柘榴市沿いに~ ※山の辺の道道標 これより三輪大明神 はせ道 なら道 |
![]() 防火用水桶 ※07ページに戻って~ |
![]() 行きましょう~ ※一の鳥居 |
![]() 鳥居脇に 井戸なんですね。 前には~ ※脇の大きな建物は 天理教さんでした。 |
![]() 参道見返って~ 鳥居は大阪銘 ※大正期銘 |
![]() 二の鳥居 ※扁額 |
![]() 磯城瑞籬宮は、第10代崇神天皇が営んだ宮とされています。 記紀によりますと、崇神天皇の時、民が死に絶えてしまうような 疫病が発生しました。 これは、三輪山の神、大物主大神(オオモノヌシノオオカミ)の したこととお告げを受けた天皇は、神の意に従い、 神の子孫となる大田田根子(オオタタネコ)を探し出しました。 そして、彼に託して三輪山に大物主大神をお祀りしたところ、 祟りが鎮まり疫病がおさまったとされています。 また、東海や北陸、西国、丹波へと四方に将軍を派遣し 国内の安泰につとめ、民をよく治めたことから、 初めて国を治めた天皇としてたたえられたと記されています。 (桜井市観光協会HPより) ※万葉歌碑 磯城島の大和の国に人二人ありとし思はば何か嘆かむ |
![]() 万葉歌碑巡りが有るんですね。 |
![]() お邪魔して~ ※社殿正面 |
![]() 手水鉢 ※磯城瑞籬宮(しきのみずかきのみや)は、 日本書紀に記載されている崇神天皇の都。 奈良県桜井市金屋に存在していたと推定されており、 志貴御県坐神社には大正年間に「崇神天皇磯城瑞籬宮跡」の 石碑が建てられている。 本宮の北側には三輪山(大神神社)が鎮座する。 周辺には纏向遺跡をはじめとする古墳時代前後の遺跡が存在し、 箸墓古墳やホケノ山古墳、崇神天皇陵、景行天皇陵、 垂仁天皇陵などの巨大前方後円墳群が点在する。 (Wikipediaより) |
![]() 石碑です。 ※ |
![]() 社殿前風景~ ※拝殿舎内部 |
![]() 毎日新聞に掲載されました。 ※なにわ型ですね。 |
![]() 狛犬 阿 ※吽 |
![]() 社殿脇に磐座 ※説明板 |
![]() 4つが並んでいる~ 力石では無いですね。 ※なんて~ 馬鹿話しながら… |
![]() 燈籠達 ※境内末社 厳島神社サン |
![]() 境内末社 弁財天サン ※脇から~ |
![]() 改修記念碑 ※大正期の玉垣 |
![]() 本殿舎 ※意匠が丁寧な造作に見えます。 |
![]() お邪魔しました~ ※脇の看板 |
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