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令和八年、2026年は魔夏~涼しい所へ行こう!
丹生都比売神社、高野山、
小学校の林間学校思い出します。

全国の丹生神社元社、高野山の開山逸話
今ですよ今!
前には~01
有名武将の墓所、前畑頑張れ!とまことちゃん…
ほぉ~と感嘆が漏れます。
005和歌山県伊都郡高野町高野山(女人堂)~10

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
6輪ポタで~相棒自転車は…歩きポタに変更します。
浮ドンとまだサンと~!

※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和八年07月26日
                                           UP日:令和八年08月13日

不動坂を上って~

※見返れば~

昔は女人禁制だったとか~

※何方の墨蹟でしょうか?

明治5年(1872)に、全国寺社の女人禁制が廃止されたものの、
高野山では独自の山規によって明治時代後半の日露戦争頃まで、
女性が居住することはできなかった。

これは弘法大師空海の時代から高野山は修行の場であったためであり、
女性蔑視ではなく僧侶らが修行に集中できるよう、女人禁制がとられていた。
高野山内に入れない女性たちは、高野山外周の尾根道を歩いて「ひと目、
壇上伽藍(だんじょうがらん)や奥之院(おくのいん)を見てみたい」
「修行をしている我が子の姿を見たい」という願いを叶えていた。
江戸時代後期の『高野山独案内(こうやさんひとりあんない)』の絵図には、
京大坂道の出入り口にある不動坂口の女人堂から嶽弁天(だけべんてん)を経て
大門へ至る道に「にょにん道」という記述がある。
また、女人堂の石造地蔵尊の銘に「女人くまの道」とあることから、
不動坂口女人堂から嶽弁天を登山し、大門から熊野に向かったのだろうと、想像できる。
(日本遺産ポータルサイトより)



建設年代は不明であるが、室町時代後期の部材を一部使用して
江戸時代前期に再建されたと考えられる。
江戸時代末期に内陣を拡張し、大正4年(1915年)の
高野山開創1100年記念大法会に当たり、
地盤を掘り下げて3メートルほど下に移設され、
この際正面側内部の床が撤去された。
また、昭和58年(1983年)には檜皮葺から銅板葺に改められた。
(わかやまの文化財HPより)

※扁額

弁財天提灯~

※交通安全地蔵尊
 
小杉明神社
娘さんの名ですか~



御成婚記念道程標

※大正期銘

大正13年(1924年)1月26日、のちの昭和天皇である皇太子・裕仁親王殿下と、
久邇宮良子女王殿下(香淳皇后)のご成婚(結婚の儀)が行われました。
全国で盛大なお祝いが催され、現在でも当時の記念メダルやプレート、
絵葉書などが残されています。
(AI回答より)

お竹地蔵尊

※お竹地蔵は、高野山最大の銅像の1つです。
1745年5月にこの地蔵を高野山に寄贈した江戸(現在の東京)出身の
女性(横山 竹)にちなんで名付けられました。
像の土台に彫られた文字によると、亡き夫の魂に祈りを捧げるために、
近くの不動坂口女人堂に滞在中、竹の夢の中に菩薩地蔵が現れました。
目覚めると、竹は地蔵の作成を依頼し、それを高野山へ寄贈しました。
その時からずっと、お竹地蔵はこの場所に置かれています。
(官公庁HPより)

 高野山は八葉の峰と呼ばれる1,000m前後の山々に囲まれた山上の盆地で、
明治5年に女人禁制が解かれるまで、厳しく女性の入山を規制してきました。
高野山への参詣道として俗に「高野七口」と呼ばれる街道が通じており、
かつては各入口に女性のための籠り堂として女人堂が建てられ、
女人信者は弘法大師空海の御廟を拝みたいと、女人堂から女人堂へ
八葉蓮華の峰々を辿ったといわれ、この道を「女人道(にょにんみち)」と呼んでいます。
このコースは、弘法大師御廟を取り囲むようにそびえる
魔尼山(まにさん)・楊柳山(ようりゅうさん)・転軸山(てんじくさん)の
高野三山を巡る女人道トレッキングコースです。
(聖地リゾート!!!和歌山HPより)

※コウヤマキ(高野槇、学名: Sciadopitys verticillata)は、
裸子植物マツ綱ヒノキ目に分類される常緑針葉樹の1種であり、
現生種としては本種のみでコウヤマキ属、コウヤマキ科を構成する。
ホンマキともよばれる。
2個の葉が合着したものと考えられている特殊な線状の葉が多数輪生状につく。
観賞用に世界各地で植栽されている。
材は古くから利用されており、古墳時代の棺に広く用いられていた。
その名が示すように高野山との関わりが深く、供花の代用とされる。
コウヤマキ類は中生代から北半球に広く分布していたが、
現在では日本固有種であるコウヤマキのみが生き残っている。
(Wikipediaより)
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