![]() 中門 ※金堂の正面手前の一段低い所にある中門。 五間二階の楼門で、両脇には持国天(じこくてん)像(東) ・多聞天(たもんてん)像(北)がまつられていましたが、 天保14年(1843年)に壇上を襲った大火により、西塔のみを残して、 ことごとく焼き尽くしました。 その後長らく再建はされていませんでしたが、 高野山開創1200年記念大法会の記念事業として、 平成26年(2014年)に中門を再建、翌27年(2015年)4月2日に 落慶法要が執り行われました。 なお、再建するにあたって増長天(ぞうちょうてん)像(南)と 広目天(こうもくてん)像(西)が現代の大仏師・松本明慶により新造され、 天保14年に類焼をまぬがれた二天像と共に四天王像が中門を、 ひいては伽藍全域を守護しています。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) |
![]() 四天王が守っています。 持国天 ※多聞天 |
![]() 持国天に踏まれた邪鬼 ※多聞天に踏まれた邪鬼 |
![]() 増長天(胸にトンボ) ※広目天(胸にセミ) |
![]() 増長天に踏まれる邪鬼 ※広目天に踏まれる邪鬼 |
![]() 金堂 【重要文化財】高野山御開創当時、お大師さまの手により御社に次いで 最初期に建設されたお堂で、講堂と呼ばれていました。 平安時代半ばから、高野山の総本堂として重要な役割を果たしてきました。 現在の建物は7度目の再建で、昭和7年(1932年)に完成しました。 梁間23.8メートル、桁行30メートル、高さ23.73メートル、入母屋造りですが、 関西近代建築の父といわれる武田五一博士の手によって、 耐震耐火を考慮した鉄骨鉄筋コンクリート構造で設計、建立されました。 内部の壁画は岡倉天心に師事し日本美術院の発展に貢献した 木村武山(ぶざん)画伯の筆によって、 「釈迦成道驚覚開示(しゃかじょうどうきょうがくかいじ)の図」や 「八供養菩薩像(はっくようぼさつぞう)」が整えられました。 本尊の阿閦如来(薬師如来、秘仏)は、洋彫刻の写実主義に関心をよせ、 江戸時代までの木彫技術に写実主義を取り入れて、木彫を近代化することに貢献された、 高村光雲仏師によって造立されました。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) |
![]() 壇上伽藍 【重要文化財】お大師さま、真然大徳(しんぜんだいとく)と二代を費やして 816年から887年ごろに完成したと伝えられます。 お大師さまは、この大塔を法界体性塔とも呼ばれ、真言密教の根本道場における シンボルとして建立されたので古来、根本大塔(こんぽんだいとう)と呼んでいます。 多宝塔様式としては日本最初のものといわれ、本尊は胎蔵大日如来、 周りには金剛界の四仏(しぶつ)が取り囲み、16本の柱には堂本印象画伯の筆による 十六大菩薩(じゅうろくだいぼさつ)、四隅の壁には密教を伝えた八祖(はっそ)像が 描かれ、堂内そのものが立体の曼荼羅(まんだら)として構成されています。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) |
![]() 案内板 ※見返って~ |
![]() お大師さまが鋳造を発願され、真然大徳の時代にようやく完成したと伝えられています。 火災などで度々鐘楼が焼失し、三度ほど改鋳されました。 現在の銅鐘は天文16年(1547年)に完成したもので、直径2.12メートルの大鐘で、 日本で四番目に大きな鐘であったことから高野四郎と呼ばれるようになりました。 現在でも毎日午前4時、午後1時、午後5時(春季彼岸中日より秋季彼岸中日までは午後6時)、 午後9時、午後11時の5回に分けて時刻を高野山内に知らせています。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) ※御供所 |
![]() 東方面 ※東塔 大治2年(1127年)、白河院の御願によって 醍醐三宝院勝覚権僧正(だいごさんぼういんしょうかくごんのそうじょう)に よって創建されました。 当初は上皇等身の尊勝仏頂尊(そんしょうぶっちょうそん)が本尊として奉安され、 不動明王、降三世(ごうざんぜ)明王の二体も脇侍(きょうじ)としてまつられました。 天保14年(1843年)に焼失してからしばらくの間再建されず、 140年たった昭和59年(1984年)にようやく再建されました。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) |
![]() 愛染堂 【重要文化財】建武元年(1334年)、後醍醐天皇の綸命(りんめい)に よって四海静平(しかいせいへい)、玉体安穏(ぎょくたいあんのん)を 祈るために建立されました。 本尊は愛染明王で、後醍醐天皇の御等身といわれています。 昔はこのお堂で不断愛染護摩供(ふだんあいぜんごまく)や 長日談義(ちょうじつだんぎ)が行われ、「新学堂」とも呼ばれました。 このお堂も何度か罹災し、現在の建物は嘉永元年(1848年)に再建されたものです。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) ※一町石 紀ノ川南岸の九度山町にある慈尊院から高野山へ上る高野参詣道で、 弘法大師が切り開き、その後も最もよく使われた主要道である。 町石道の名の由来は、道標(道しるべ)として、 1町(約109メートル)ごとに「町石(ちょういし)」と呼ばれる 高さ約3メートル弱の五輪卒塔婆形の石柱が建てられた事による。 高野山上の壇上伽藍・根本大塔を起点として慈尊院までの 約22キロメートルの道中に180基、大塔から高野山奥の院 ・弘法大師御廟まで約4キロメートルの道中に36基の、 合計216基の町石が置かれている。 慈尊院から数えて36町(1里)ごとには、 町石の近くに「里石(りいし)」が合計4基置かれている。 (Wikipediaより) |
![]() 奇麗な御堂です。 ※仙人 |
![]() 正面は飛竜 ※裏側 |
![]() 仙人ですね。 ※三昧堂の向こうに東塔 |
![]() 不動堂 前のページの金輪公園に在ったとか~ |
![]() 【国宝】建久8年(1197年)、鳥羽上皇の皇女である 八條女院(はちじょうにょいん)内親王というお方が発願され、 行勝(ぎょうしょう)上人によって建立されました。 もともと一心院谷(現在の金輪塔<きんりんとう>所在地付近)に 建てられていましたが、後世になって伽藍へ移築されました。 現在の建物は14世紀前半に再建されたものです。 お堂の四隅はすべて形が違い、四人の工匠(こうしょう)が それぞれの随意に造ったためと伝えられています。 当初は阿弥陀堂であったと推定されていますが、後に不動明王を本尊とし、 八大童子(はちだいどうじ)が奉安されました。 この八大童子は運慶の作として有名で、現在は霊宝館に収められています。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) ※案内板 |
![]() 不動堂 【国宝】建久8年(1197年)、鳥羽上皇の皇女である八條女院(はちじょうにょいん)内親王という お方が発願され、行勝(ぎょうしょう)上人によって建立されました。 もともと一心院谷(現在の金輪塔<きんりんとう>所在地付近)に建てられていましたが、 後世になって伽藍へ移築されました。現在の建物は14世紀前半に再建されたものです。 お堂の四隅はすべて形が違い、四人の工匠(こうしょう)がそれぞれの随意に造ったためと伝えられています。 当初は阿弥陀堂であったと推定されていますが、後に不動明王を本尊とし、 八大童子(はちだいどうじ)が奉安されました。この八大童子は運慶の作として有名で、 現在は霊宝館に収められています。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) |
![]() 大会堂 【重要文化財】鳥羽法王の皇女である五辻斎院(ごつじさいいん)内親王という お方が、父帝の追福のため建立されました。 もとは別の場所に建立されていたのですが、長日不断談義(ふだんだんぎ)の学堂として 壇上に移し、蓮華乗院(れんげじょういん)と称するようになりました。 後にこの論議は衰退し、現在では法会執行の際の集会所的役割を担うようになりました。 現在の建物は嘉永元年(1848年)に再建された五間四面のお堂 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) ※正面破風状況 |
![]() 正面鉄髭龍 彫師 中川理□エ末平銘 |
![]() 透かし彫りが綺麗に~ ※ |
![]() ※ |
![]() 案内板 |
![]() ありゃ~ピンボケ… |
![]() 西行桜 お手植えだそうです。 ※説明板 |
![]() 三昧堂 【重要文化財】済高(さいこう)座主(870年~942年)が 延長7年(929年)に建立されたお堂で、 もともと総持院(そうじいん)境内に存在していました。 済高師はこのお堂で「理趣三昧」という儀式を執り行っていたため、 三昧堂と呼ばれるようになりました。 後に壇上へ移されるのですが、修造にかかわったのが 西行法師だと伝えられています。 三昧堂の前の桜は、西行法師手植えの桜として、西行桜と呼ばれています。 伝説にはこのお堂を修造した記念に植えられたそうです。 現在の建物は文化13年(1816年)の再建です。 (高野山真言宗総本山金剛峯寺HPより) ※見返って~ |
![]() 老舗料亭「南地大和屋」4代目女将<おかみ>の 阪口純久さん(さかぐち・きく)(本名・阪口きく子=さかぐち・きくこ)が 昨年12月21日、死去した。 93歳だった。告別式は近親者で済ませた。喪主は次女、橋本文子さん。 阪口純久さん 大阪の花街・南地(現在のミナミ)で、松下幸之助や佐治敬三らが通った 「南地大和屋」(2003年閉店)に生まれた。 常連客の作家・司馬遼太郎らの呼びかけで、大阪の花街文化の 保存・継承を目的に1983年に設立された「上方文化芸能協会」に携わり、 お座敷芸などの伝統芸能を紹介する公演「上方花舞台」を運営した。 (読売新聞オンライン2026/01/22 05:00より) |
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