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令和八年、2026年も秋も本番~何処行こか?
今回のキーワードは織田家~

有楽斎と卑弥呼の足跡~
奈良盆地の縁、三輪山が目印!
古代と中世~行ったり来たり…
今ですよ今!
大阪中心部までは直線距離で40km!
無名處にも、ほぉ~と感嘆が漏れます。

奈良県天理市柳本町(柳本藩織田家墓所)~21

だからいつもの神社・仏閣と路地・旧村探し~
タンデムポタで~相棒自転車は…BSダイヤモンド+ALPSクライマー号+UFO1号。
まだサンと浮ドンと~!

※マウスポインターを置いてください。 
                                           撮影:令和八年11月01日
                                           UP日:令和八年11月07日

次へ~

※

專行院さん

※山門

本堂
織田家の菩提寺
専行院(せんぎょういん)
縁起については資料が残っていません。
鐘銘には天文年中(1531~1553)に円誉(賢公)上人が開山したとあります。
また、天正12(1584)年に地元の豪族である、楊元範宣の本願により
開基したとも伝えられています。
柳本は、慶長5(1600)年、織田信長の弟で茶人としても知られた
織田有楽斎(ゆうらくさい)の知行地となり、さらに元和元(1615)年、
有楽斎の五男尚長(ひさなが)が入部して、柳本織田藩が始まります。
専行院は、尚長の入部により、織田氏の菩提寺となりました。
現在も有楽斎・尚長をはじめ歴代藩主の墓が残っています。
また東堂の東方には織田家の位牌堂があり、信長、
有楽斎をはじめ柳本藩主、生母、奥方を含む34柱の霊位が奉安されています。
ちなみに東京・有楽町の名は、有楽斎が数寄屋橋御門の周辺に
屋敷を拝領したことに由来します。
(天理市観光協会HPより)

※山門脇の蓮池
 

庚申塚

※鐘楼

御堂

※宝篋印塔は
織田家墓所

織田有楽斎の供養塔

※

気に成ります。

※食堂

織田家の家紋

この石仏は~

※薬師如来様?

地蔵尊

※

拝観させて頂いて~

※蓮池

山門出て見返って~

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